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あの人も腹部大動脈瘤だった

「街道をゆく」連載半ばで急逝した司馬遼太郎

数々の作品が映像化され、現在も不動の人気を誇る小説家・司馬遼太郎。身体の不調を感じながらも執筆を続け、腹部大動脈瘤破裂により72歳でこの世を去りました。

文学にうとかった「青年時代」

1923 年大阪市に生まれ、大阪外国語学校(現・大阪大学外国語学部)蒙古学科を卒業後、産経新聞文化部に勤めます。1960年、『梟の城』で直木賞を受賞し、以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表してきました。代表作に、『竜馬がゆく』『国盗り物語』『坂の上の雲』などがあります。
これほどたくさんの「名作」を生み出しながら、若い頃は文学にうとく「太宰治を‘ダザイ・ジ’って読んでた」と文学青年でなかったことを周囲に話していたようです。

極端なほどの偏食家、かつ愛煙家

司馬は好き嫌いが激しく、特にトンカツには目がなかったようです。伝記集「街道をゆく」の取材旅行で、土佐・壱岐といった鮮魚の豊富な場所へ行ってまで、トンカツやカレーライスなどを食べていました。
また、かなりの愛煙家であることも有名です。絶え間なしに煙草を吸い続け、プレゼントに何が欲しいか尋ねられたとき「バケツのような大きな灰皿」と答えたエピソードもあります。

腹部大動脈瘤をなぜか「坐骨神経痛」と思い込む

1993年5月、司馬は編集者へ宛てた手紙の最後に「小生、少し疲れ氣味です。疲れると軽い坐骨神経痛が出ます。」と、初めて痛みについて記しました。しかし、この痛みは坐骨神経痛などではなく、腹部大動脈瘤が神経を圧迫して生じた痛みだったのです。1年後には「ザコツさえなければ」と、痛みが耐え難い状態になっていましたが、検査をかたくなに拒み、鍼による療治などの対症療法を受けていました。

そして、1996年2月10日未明、大動脈瘤が破裂して突然倒れます。本人を説得し手術が行われ、はじめて腹部大動脈瘤であることが判明しますが、すでに意識不明の状態でした。その後、12日に眠るように息を引きとりました。

参考:「司馬遼太郎という人」和田宏著(文藝春秋)
「街道をついてゆく」村井重俊著(朝日新聞出版)
「腹部大動脈瘤破裂―司馬遼太郎氏の病歴から学ぶ―」上山 武史; 日血外誌 2006; 15(1):1-2.

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